大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和36年(ラ)734号 決定

抗告人 伊藤栄治(仮名)

相手方 大井新作(仮名)

不在者 田沢ミチ(仮名)

主文

原審判を取り消す。

不在者田沢ミチは、昭和二〇年五月二六日死亡したものとみなし、失踪を宣言する。

抗告費用は、相手方の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨ならびに理由は、別紙のとおりである。

よつて調査を遂ぐるに、原審における申立人大井新作に対する審問の結果その他一件記録によれば、不在者田沢ミチは、昭和二〇年五月二五日当時肩書住所地に居住していたところ、当日の空襲に遭遇し、以後現在にいたるまで、その生死の分明でないことが認められる。もつとも、右不在者が肩書地に所有する六一坪五合の宅地につき昭和二六年八月二二日東京法務局新宿出張所受付第一二、七六五号をもつて抗告人に対し同年七月一九日売買を原因とする所有権移転登記がなされていることは記録中の登記薄謄本により明らかであるが、その登記手続が何人により如何にしてなされたかの点については、これを確認できるほどの資料もなく、もとより不在者が右登記手続に関与した事実を肯定せしめるような確証は存しない。ただ、抗告人の供述調書(記録一〇五丁、および一二七丁)中に、以上の認定事実に反し、不在者が前記空襲時以後生存していたことを推測せしめる如き部分がないでもないが、供述内容は、甚だあいまいで到底信を措きがたい。

そうすると、不在者が前記危難に遭遇し、しかもその危難の去つた後三年間生死不明分であることを理由として公示催告の手続を経て失踪宣告をした原審判は、その当時施行の法律に照すと適法というべきであるが、本件抗告の申立があつた後、民法の一部改正(昭和三七年法律第四〇号)があり、失踪宣告の効果も「危難ノ去リタル時ニ死亡シタモノト看做ス」ことに改められたので、本件抗告は結局理由あることに帰するものといわざるをえない。

よつて、原審判を取り消し、自判すべきものと認め、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大場茂行 裁判官 町田健次 裁判官 下関忠義)

別紙

抗告の理由

一、被抗告人の申立にかかる東京家庭裁判所昭和三五年(家)第一〇〇二八号失踪宣告の申立事件について同裁判所は昭和三六年一〇月九日事件本人に対して失踪宣告の審判をして、同年一〇月九日被抗告人へ通知された。

二、併しながら、事件本人は昭和二六年六月九日附で印鑑証明をとつて同年八月二二日自己所有の土地(新宿区早稲田鶴巻町○○○番地五号建坪六一坪五合)を抗告人に売却しており、少くともその頃までは生存していたことは明らかであるので、被抗告人申立によつて、事件本人を生死不明者として、危難による失踪宣告をなしたことは不当であるので本件抗告に及んだ。

三、尚抗告人は事件本人の弟の孫である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例